金沢の魅力

INTRODUCTION

一人でも多くの人に笛の魅力を伝えたい。
そんな思いを原動力に合奏や作曲にチャレンジ。

須田 暁憲さん・麻祐子さん

金沢は邦楽が盛んな土地です。三味線や箏、長唄、小唄など、さまざまな分野で多くの邦楽家が日々研さんを積んでいます。そんな芸どころ金沢で横笛奏者として活躍するのが藤舎眞衣さんです。古典の曲はもちろん、ポピュラー音楽やオリジナル曲に至るまで、幅広い楽曲を国内外の舞台で披露。和洋問わず、他ジャンルの音楽家と共演したり、小中学生に笛を指導したりするなど、邦楽の発展と普及のために活動を続けています。そんな藤舎さんに横笛にかける思いや金沢の魅力について聞きました。

笛を始めたきっかけは何ですか。

藤舎 一番のきっかけは、中学生の頃、金沢のにし茶屋街にある茶屋の女将で笛の名手として知られた峯子さんの笛を聞いたことでした。祖母と母は日本舞踊の先生で、自宅にも三味線や鼓がありました。峯子さんは小柄な方でしたが、とてもパワフルで、一瞬のうちにこちらを笛の世界に引き込むような素敵な音色でした。もともと楽器は好きでしたし、子どもの頃から母に「趣味を持ちなさい」と言われていたこともあって、笛を習いたいと思うようになりました。

では中学時代から習いはじめたのですか。

藤舎 実は峯子さんに弟子入りをお願いしたのですが、「夜しか教えられないので、子どもはだめや」と断られてしまいました。その後、しばらくご縁がなかったのですが、私が25歳のとき、祖母の追善日本舞踊の会で笛を演奏してくださった中川善雄先生の艶っぽい音色に魅了され、入門をお願いしました。

笛の魅力はどんなところにありますか。

藤舎 笛は細い竹に穴を空けただけのシンプルな楽器です。でも、簡素な作りだからこそ、息遣い一つで微妙に音色が変わります。その分、吹き手の個性や持ち味がはっきりと表れ、そこが笛の魅力だと思います。また、いろんな表現方法が可能で、古典から誰もがよく知っているポピュラー音楽まで幅広く演奏できます。それに、サイズの小さい楽器ですから、いろんな場所に気軽に持っていけるところも特徴ですね。

パーカッションやハープとコラボレーションするなど、幅広い活動に取り組んでいますが、どのような思いがあるのでしょう。

藤舎 藤舎私は笛を始める際、20代はとにかく継続は力なりと心に留めて稽古に励み、30代はいろいろなものにチャレンジし、40代は30代に挑戦した取り組みの中からこれはと思うものを洗練させて行こうと目標を立てました。そういった和楽器以外の楽器とのコラボレーションも、30代の挑戦の一環です。ほかにも、ソプラノ歌手と共演したり、ファッションショーに出演したりしたこともありました。こうした活動の根底にあるのは、やはり一人でも多くの人に笛の魅力を知ってもらいたいという思いです。

新たな挑戦を続ける中で、何か印象に残っている演奏はありますか。

藤舎 藤舎ニューヨークのカーネギー・ホールで演奏させていただいた「獅子」という笛の合奏曲です。中川先生の編曲で、この曲で合奏の素晴らしさを体感しました。この曲をきっかけに古典の曲や抒情曲を二重奏、三重奏に編曲し、大勢で演奏するようになりました。これがとても楽しいんです。時には50人ほどで演奏したり、子どもたちがかわいい踊りを合わせてくれたりして。それまではどこか肩に力が入っていたのですが、合奏をすると肩がふっと軽くなるような気がしました。舞台で合奏を披露しているうちに、イベントなどでも演奏してほしいとオファーをいただくようになり、「眞衣さんが合奏を始めてから、一般の人でも笛を習う人が増えた」と声をかけてもらったことがあり、今でも励みになっています。邦楽は格式があり、敷居が高い印象を持たれがちですが、決して難しく考える必要はありません。いろんな人に関心を持っていただけたという意味ではよかったと感じていますし、これを糸口に古典の世界へも興味を広げてもらえるとうれしいですね。

これからの抱負を聞かせてください。

藤舎 藤舎笛の奏者として研さんを重ねていくとともに、作曲に挑戦したいと思っています。笛だけで演奏できる曲は少ないので、ソロで吹いたり、2、3人で演奏したり、大勢で演奏したりと、幅広いバリエーションの曲を作っていきたいですね。また、若手の育成にも力を入れていきます。実は父が主計町で開いている町家カフェの2階で、約5年前から若手音楽家によるミニコンサートを開催しています。出演者には私の門弟だけでなく、サックス奏者、ピアニスト、箏奏者がいらっしゃいます。きっかけは私自身の経験でした。というのも、私が師事した中川先生は東京在住でしたから、私は金沢でどのように演奏の場を広げていくか悩んだ時期があったのです。そんなふうに悩む若手音楽家が経験を積む場になればと思い、ミニコンサートの開催を思いつきました。それに、金沢は昔から植木職人さんや大工さんなどが謡をうなるほど文化のすそ野の広く、「空から謡が降ってくる」とも言われます。まちのあちこちから音楽が聞こえる、そんな風情を残していくことにつながればと思います。

ところで藤舎さんはどんなところに金沢の魅力を感じますか。

藤舎 藤舎金沢は四季の変化が美しいまちです。そして金沢の人たちは、四季の移ろいに合わせて玄関に飾る花や小物を変えたり、床の間の掛け軸を変えたりと、季節感を暮らしの中に取り入れるのがとても上手だと思います。また、父が経営する町家カフェは築100年の金沢市指定文化財の建物を改装して使っていて、木虫籠(きむすこ)と呼ばれる美しい出格子や赤壁が大正時代の趣をそのまま残しています。ほかにも、普通に生活している方々がの自然と調和しながら歴史遺産を受け継いでいて、そんなところも素敵だと感じます。それと、私は学生時代、東京に住んでいたのですが、東京に比べてまちがコンパクトにまとまっている点も魅力です。行きたい場所にすぐにたどり着けますし、何かを知りたい時にも詳しい人とつながりやすく、とても便利です。

金沢で暮らす中で、お気に入りの場所や時間、過ごし方はありますか。

藤舎 藤舎鈴木大拙館がおすすめです。特に「水鏡の庭」がお気に入りで、静寂の中で水面をぼんやりと眺めていると、とにかく心が落ち着きます。また、市街地のすぐ近くにある卯辰山もなじみ深い場所です。以前、自宅が近くにあったので、子どもの頃は卯辰山から季節ごとに位置が変わっていく星を眺めているのが好きでした。今でも仕事が煮詰まったりすると、夜中にドライブすることがあります。

金沢への移住を検討している方にメッセージをお願いします。

藤舎 金沢は衣食住のすべてが充実していて、とても暮らしやすいまちです。それに加え、文化が身近にあり、生活に潤いをもたらしてくれています。一口に文化と言っても、邦楽や工芸、和菓子、お茶やお花、剣道、弓道など、すごく幅が広いので、自分が求めている文化と出会い、接することが必ずできると思います。

藤舎 眞衣(とうしゃ まい)

昭和43年(1968年)生まれ。大学卒業後、平成6年(1994年)から中川善雄さんに師事して笛を学ぶ。平成16年(2004年)に金沢市文化活動賞、平成18年(2006年)に北國芸能賞を受賞した。平成26年(2014年)に東京芸大音楽学部別科邦楽囃子笛専修修了。社中「一声会」を主宰。金沢素囃子子ども塾の講師を務めている。